ソムリエナイフでワインを開けられるようになりたい
私にとって、ソムリエがソムリエナイフでワインを開けてくれるような、ちょっとお洒落して出かける初めてのレストランといえば、まだ若い自分にとって場違いだった「オテル・ドゥ・ミクニ」。
まだ二十歳そこそこの頃で、背伸びして予約した超有名なフレンチレストランだ。初めてのボーナスを受け取ったクリスマス前、彼女と二人で出かけた。
メニューは男性用、女性用(というか、ホストとゲスト用)に分かれていて、自分の方にだけメニューに値段がついていた。その場の雰囲気に飲まれて、ろくに値段も見ずにコースを頼み、ワインは勧められるままにオーダーした。
そして、そのとき初めてソムリエのワインを開ける所作に出会ったのだった。
食事にあわせてくれたワインも美味しかったが、それ以上にソムリエの仕草に憧れの念を抱いたものだ。
「ソムリエナイフでワインを開けられるようになりたい」
「これを簡単にできるような男になりたい」
今から思えば、そんなことで男の価値が上がるも下がるもないのだが…。
それ以来、ワインを開けるときは面倒でも必ずソムリエナイフを使うようにしている。
ちなみに、その時の食事代は、その日に受け取ったボーナス(安月給の初ボーナスだから、たかが知れている)がほとんど吹っ飛んでしまった。
日本でもソムリエナイフは普通に手に入り、値段も形もピンからキリまである。
最初は千円くらいのもので、流暢に開けられるよう練習した。コルクのかけらがワインの中に落ちてしまったり、途中でコルクが切れてしまったりしたが、最近ではほとんど失敗することもなく開けることができる。
ワインも保管の際に寝かせておかないと、うまく開けることができない。そういったことも後々知った。
ロカマドールで出会ったソムリエナイフ
フランス、ミディ・ピレネー(現オクシタニー地域圏)は、何かと思い出深い土地だ。
サンティアゴ巡礼の宿場として有名な村、ロット県のロカマドゥールへは、仕事で何回か出かけていた。切り立った崖の途中に、鷹の巣のように村がへばりついたように見える、奇跡のような村である。
最後にここを訪れたのは2008年、ここに3泊した。
あるとき、仕事以外に自由に過ごすことができる時間が割とあったので、土産物屋をのぞきながらぶらぶら散策をしていた。
その途中に、ナイフばかりを販売している店があった。そして、その店はソムリエナイフも取り扱っていたのだ。
頭の片隅に残っていた、バブルの頃覚えた「ソムリエナイフといえばライヨール」という言葉を思い出した。
確かライヨールも、同じミディ・ピレネーだったのでは?地図で調べると、同じミディ・ピレネーのお隣の県、アヴェロン県の村だった。フランス語ではLaguioleを「ライヨール」と読むのだが、北部の方言では「ラギオール」とも読むらしい。
そしてその店に並んでいたソムリエナイフにも、Forge de Laguioleの刻印が入っていた。
「欲しい!買っていこう!」
とっさにそう思った。馬鹿馬鹿しいかもしれないが、その時ライヨールのソムリエナイフで、颯爽とワインを開けている自分を想像していた。
さっそく品定めをする。
一般的には水牛のハンドルのものが高級で良いのだろうが、せっかくヨーロッパにいるのだ。それなら、丁寧に磨き上げたオリーブの木のハンドルのソムリエナイフの方が良いと思った。使うほどに色が変わり、自分色に馴染んでいくに違いない。
オリーブのハンドルのものでも、一本一本微妙に色が違う。その中から一本を選んで購入した。同じミディ・ピレネーで購入したからか、あるいは関税がかかっていないからか、その時の換算レートで1万円以下で購入できた。
ライヨールとラギオールの違い
後に、ライヨールのソムリエナイフには主に2種類あることを知った。
自分が購入したのは、ライヨール村で生産されたForge de Laguiole。一方、ライヨールから車で2時間ほどのティエールで生産されているのが、Chateau Laguiole、なぜか日本ではこちらの方が本家のように扱われている。
ちなみに、ライヨール村のソムリエナイフは「ライヨール」、ティエールのソムリエナイフは「ラギオール」として区別されている。その由来、違いなどを詳しく書いている記事があったので、紹介しておく。
個人的には、自分が購入したForge de Laguioleこそ本家と思いたいのだが、Laguioleという名前は村の名前のため、どれが本家でどれが偽物ともいえないそうだ。
そして、ライヨールのソムリエナイフのシンボルとも言われているミツバチのシンボルマークは、本家であってもついていないことがある。高級品ではなく普及品は、自分が持っているソムリエナイフのようについていない。
以下個人の方のサイトに書かれている内容では、2種類どころか数多くのLaguioleを冠したソムリエナイフがあることもわかった。
ナイフ部分は栓抜き型で、刃先が鋭利なものではない。刃には「Forge de Laguiole」の刻印がある。スクリューは、コルクに入って行きやすいように溝がついている。
そして、Forge de Laguioleだけについている、十字架を象った鋲が打ってある。
ワインを楽しむ時間
どこのソムリエナイフであろうと、使いやすく自分にしっくりくることが大事だ。
ステンレスでできた千円程度のものでは、開けるときに手が痛くなってしまって使いにくい。水牛のハンドルは使いやすいかもしれないが、温かみが感じられない。
自分には、やはり気の温かみが感じられるオリーブのハンドルがしっくりくる。
このソムリエナイフを購入してから10年以上が経ったが、どこも痛むことがないばかりか、ますます使いやすくなってきている。そして、オリーブのハンドルは購入時より少しいい色になってきたような気がする。この楽しみは、水牛のハンドルにはない。
日本では高級品の印、ミツバチのシンボルマークがついたものしか販売されていないようで、このノー・シンボルマークのものは逆に手に入りにくいだろう。
だからこそ、私の逸品なのだ。使うたびにロカマドゥールの美しさや、その街で出会った人たちの、フランス人らしからぬ人懐っこさを思い出す。
最近は、一部のテーブルワインなどでコルクを使用していないワインもあるので、必ずしもソムリエナイフで開けることはない。しかし、ちょっと気になったワインを買ったときは、いつもこのナイフで開けて、ワインを楽しむ。そのときは、リーデルのワイングラスを使って味わうのが常だ。
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