先日、Business Journalのウェブ記事「「JTBって何?」JTBを知らない大学生…社会的背景と就活生の現実」に目をひかれ、読んでみた。
JTBといえば旅行業界のトップで、記事にも書かれているように、マイナビの「大学生就職企業人気ランキング」で1992年から計20回1位に輝いたことがある人気企業だ。
にもかかわらず、就活の話題の中で飛び出た「JTBって何?」という言葉は、この記事執筆者のみならず、筆者を含めた旅行業界全体へも衝撃を与えたに違いない。
常日頃、旅行業界は低賃金で離職率が高いと言われている。このことも影響して出てきた言葉だろうと、かの記事も締めくくっている。
では、なぜ旅行業界は低賃金なのだろう。そして、それを変える策はあるのか?
キーワードは、「収益構造の改革」と「適正価格」だろう。
旅行業界の低賃金と離職率の現状
筆者自身、この業界に入った昭和から平成にかけて、ひしひしと感じてきたことなのでよくわかるが、まずは現状を把握しておこう。
まずは現在の平均年収から。
マイナビAgentによると、現在の旅行業界の平均年収は347万円。その他の業種、例えば総合商社は425万円で、78万円もの開きがある。他業種から見れば、旅行業界というのは航空会社(JAL、ANA)やホテル業も含まれてのことなので、純粋な旅行会社はさらに低い。
それでも、就職して何年か経てば給与も上がる。就職したての20代では平均年収は328万円だが、30代になれば429万円だ。
しかし、3年以内の離職率が宿泊業・飲食サービス業は49.7%、旅行業を含む生活関連サービス業・娯楽業が45%となっており、離職率の高い上位5産業に含まれている。(厚生労働省)
離職率が高い理由は、
- 低賃金
- 残業や休日返上による労働過多(ブラック企業化)
の2点。
サービスに付加価値をつけることができず、単なる価格競争によって現場が疲弊し、従業員の待遇改善がなされていないということになる。
低収益性の象徴の旅行業
旅行業界の低賃金性に関して、第36回日本観光研究学会全国大会学術論文集(2021年12月)にて発表された、関西国際大学国際コミュニケーション学部観光学科 小山 聖治氏の「旅行会社の構造的課題と経営高度化に向けての考察」という論文が非常によく考察しているので、参考にさせていただいた。
この中で取り上げられているように「旅行業界は低収益」であるということが、旅行業会の低賃金性の要因の一つとなっている。
国土交通省発行の観光白書(国土交通省 2006)によれば、第一種旅行業者の具体的な収益性にも触れており、売り上げの 88%が運輸・宿泊機関への支払いで消えるため、営業収入は12%となる。ここから営業費用を差し引いた売上高営業利益率は0.53%となっており、全産業の2.8%、非製造業の2.3%と比較して極めて低いと述べている。
上述の通り、旅行商品の仕入れ値は、常に80〜90%ほど。よく言われる「仕入3割」の飲食業とは、はるかに違う。
もちろん、業種による商品単価の違いもあるだろう。
飲食業のような単価数百円〜数千円の商売とは違い、旅行業は中途半端に単価が高い。格安旅行でも数万円単位(海外旅行の場合)なので、単価から推察すると相当利益が出ていると勘違いされがちだ。
しかし、実際は上述の通り、営業収入は1割程度。そして、中途半端に単価が高い旅行商品は、飲食業のように量産することができない。ラーメン1日100杯のように、ツアー1日100名売り上げられるのは、よっぽどの大企業、それこそJTBやHISくらいだ。
これは、旅行代理店と言われる所以の「代理業」の仕組みによるもの。同じ代理業の広告代理店では、単価が数千万円単位の扱いであれば、その1割でも数百万円となるが、旅行業は取扱額が中途半端なのだ。
これでは、家賃や従業員の給与を支払ってなお、経常利益を出すことなどできない。
販売即利益ではない実情と旅行業界の怠慢
他業種のような在庫管理がなく、形がない旅行商品は、販売できなかった航空座席や客室は、所定の時期までに返却することができるので、倉庫代などを考える必要はない。
一方、旅行会社の利益は、旅行者が旅行を終了して、はじめて利益が確定する。
そして、このような在庫管理と収益発生時期の関係が、パッケージツアーのパンフレットに見られる「1ヶ月前までキャンセル料無料」によって、大きな弊害を生むことになる。
つまり、このキャンセル料無料により、事前に大量に仕入れた航空座席や客室を、1ヶ月前には必要分だけ残して無惨にも手放さなければならなくなり、これがすなわち利益につながらないという悪循環となる。
消費者にとってのメリットは、旅行業にとってのデメリットでもあるのだ。
さらに、低収益を助長する要因として、本来収受すべき費用を収受してこなかった、この業界の怠慢さがあげられる。
2000年代前半まで、国際航空券は1枚販売するごとに一定の手数料(コミッション)が返ってきた。しかし、それが一切なくなってしまったため、航空券を販売しても何の利益も無くなってしまった。
そのため、苦肉の策として、本来旅行業約款で謳われていたがそれまで収受することがなかった取扱手数料を、あらためて旅行者から収受しなければやっていけないという、おかしな現象が起きることとなった。それでも1枚数百円〜数千円程度。航空券の単価から考えると、「それでいいの?」という利益しかもらっていない。
また、情報産業である旅行業は、その情報を駆使して相談に応じるという「旅行相談」も、約款上では手数料の対象となる。しかし、ほとんどの旅行会社は無料で旅行相談を受け、「無料相談から旅行契約成立に至ればそれでよし」みたいな風潮があった。
「他社が無料でやっているから当社も」という考えは、旅行業界が自分の首を自ら絞めているようなものだ。
適正価格=収益構造の改革
さて、ここからは筆者独自の考えを述べる。
旅行業界が低賃金であることの原因は、
- 営業収入1割程度の低収益性
- 収受すべき手数料を見過ごしてきた怠慢
によるもの。これを打開するキーワードは、収益構造を改革するための「適正価格」だろうと考える。
そもそも、一体どれだけの人が「適正価格」を理解しているだろうか。
適正価格とは、
「買ってもらえて、自社が儲かる価格」
のこと。消費者にも納得してもらえて、なおかつその商品を販売することによって、会社運営に相当な利益を確保できる価格が「適正価格」だ。
つまり、他社に倣って「できるだけ安く」ではなく、自社がいかに利益を確保でき、それを従業員に還元できるかを考えて価格設定することが、今の旅行業界に必要なことだろうと考える。
そして、手数料を収受することを怖がらないこと。「他社が無料だから自社も」という考えや、日本人の欠点でもある「右にならえ」みたいな考え方は、今すぐ捨てるべき。それは、まるで「自社が行っていることに自信がない」と言っているようなものだからだ。
付け加えれば、これは他業種にも言えることだが、人材は「コスト」ではなく「宝」であるということ。
旅行業界の正社員の割合は半分以下。ほとんどは契約社員や派遣社員で成り立っているというのが実情だ。旅行業は、人によって成り立っていると言っても過言ではない。その「人財」に正当な給与を支払わなければ、離職率を抑えることはできない。
だからこその適正価格だろう。
この記事のまとめ
就職人気ランキングは上位であっても、旅行業界は低賃金のため離職率はダントツ。それを打開するには、
- 収益構造の改革
- 適正価格での販売
が必要だということ。
この世の中から旅行がなくなることはないが、旅行業はなくならないこととは別。すでにインターネットで何でも手配できるようになっていることもあり、このままでは、旅行会社の存在自体が危うくなるかもしれない。
この記事は、旅行業界の方々や、これから旅行業界に飛び込もうとしている学生のみなさんに読んでもらえればありがたい。
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